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地域に根差すとはこういうこと:実業家が果たす5つの役割

「地域に根差す」という言葉を聞いて、あなたはどんな風景を思い浮かべるでしょうか。

7年前、東京でのOL生活に疲れ果てて長野県松本市にUターンした私は、この言葉の意味を日々実感しながら暮らしています。

畑仕事を終えてからZoom会議に参加したり、地元のおばあちゃんたちと新商品を開発したりする毎日。

母がカフェを営む姿を見ながら育った私にとって、「ビジネスは地域の未来をつくる手段」という想いが原点にあります。

実業家という言葉には、どこか冷たく硬いイメージがありませんか?

でも地域で活動する私たちは、肩書き以上に多くの役割を担っている存在なんです。

2024年の地方移住相談件数は61,720件で4年連続過去最高を記録し[1]、多くの方が地方でのビジネスに関心を寄せています。

この記事では、地域で事業を営む実業家が実際にどんな役割を果たしているのか、現場のリアルな声をお届けします。

あなたが地方移住や地域ビジネスを考えているなら、きっと「地方での起業や活動」がより具体的にイメージできるはずです。

実業家の役割①:地域の”翻訳者”としての橋渡し

住民・行政・企業の言葉をつなぐ

地域で事業を始めて最初に実感したのは、住民・行政・企業の間には見えない「言葉の壁」があるということでした。

住民の方々は「こんなことができたらいいなあ」と素朴な願いを抱いている。

行政は制度や予算の枠組みで物事を考える。

企業は効率性や収益性を重視する。

それぞれが大切な視点を持っているのに、なかなか噛み合わない場面をよく目にします。

私たち地域実業家の仕事は、この三者の想いや考えを「翻訳」して橋渡しすることなんです。

「住民の声を行政に届け、行政の制度を住民に分かりやすく伝え、企業のノウハウを地域の課題解決に活かす。そんなハブの役割が私たちには求められています。」

表と裏、都会と田舎の視点を行き来する

東京から戻ってきた私だからこそ気づけることがあります。

それは、地域の「当たり前」が実は都市部の人にとってはとても魅力的だということ。

地元の人たちにとっては「何でもない日常」が、外から見ると宝物のように輝いて見える瞬間があるんです。

例えば:

  • 朝採れ野菜の直売所:地元では「いつものこと」でも、都市部では貴重な体験
  • 職人さんの手仕事:当人は「普通の仕事」でも、現代では希少な技術
  • 世代を超えた交流:田舎では自然でも、都市部では憧れのコミュニティ

外から来たからこそ見える「当たり前の価値」

Uターン組の私が地域商社を立ち上げるときに大切にしたのは、この「外の目線」でした。

地域に根差しながらも、常に外の世界とのつながりを意識する。

だからこそ、地域資源をブランド化から販売まで一貫してプロデュースできるんです[1]。

実業家として大切なのは、地域に染まりすぎず、でも地域を愛することなんですね。

実業家の役割②:暮らしの中から生まれるアイデアの育て手

「この土地の風に吹かれて生まれたアイデア」とは

私の商品開発や観光企画は、いつも暮らしの中から生まれています。

畑仕事をしていて「この野菜、こんな風に使えないかな」と思ったり、近所のおばあちゃんとの立ち話で「昔はこんなことをしていた」という話を聞いたり。

地域のアイデアは、決して会議室では生まれません。

土に触れ、風を感じ、人と語らう中で、ふと湧き上がってくるものなんです。

畑と会議室の往復で見えてきた課題

ある日、畑で作業をしていたとき、隣で農作業をしていたおじいちゃんがつぶやきました。

「いい野菜を作っても、売り方が分からないんだよなあ」

その後のZoom会議で、都市部のレストランオーナーが「地元の新鮮な野菜を仕入れたいけど、どこに相談すればいいか分からない」と話していました。

まさに需要と供給のミスマッチ。

これを解決するのが、私たち地域実業家の仕事です。

現在では以下のような仕組みを構築しています:

1. 生産者との直接連携:定期的な畑訪問で品質や収穫時期を把握

2. 販路開拓支援:都市部の飲食店や小売店とのマッチング

3. 物流システム整備:効率的な配送ルートの確立

商品開発や観光企画に宿るリアルな生活感

私たちが手がける商品には、必ず「暮らしの物語」が込められています。

例えば、地元の伝統工芸品をモダンにアレンジした商品開発では、職人さんの技術を守りながら現代のライフスタイルに合わせる工夫をしています。

ふるさと納税では、2024年に「魚介・海産物」が返礼品1位になるなど[3]、生産者支援の動きが広がっています。

私たちも地域の食材を活かした返礼品開発に力を入れており、「作り手の顔が見える商品」として多くの支持をいただいています。

実業家の役割③:挑戦する若者たちの背中をそっと押す

地域の外から来る人材との出会い

2024年の移住希望地ランキングでは、群馬県、静岡県、栃木県が上位を占め[2]、私たちの長野県も多くの移住相談を受けています。

特に印象的なのは、Iターン型移住を希望する方が56.7%と過半数を占める[2]ことです。

故郷に戻るUターンではなく、新天地を求めて地方に向かう人たちが増えているんですね。

私のもとにも、毎月のように移住相談やビジネス相談が舞い込みます。

U・Iターン希望者への伴走とビジネス支援

移住を検討している方々と話していて感じるのは、多くの人が「仕事」について不安を抱えているということです。

実際、移住に際して気になることの1位は「仕事」で、回答者の75%が気にしています[2]。

でも興味深いことに、実際に移住した人の58.6%は年収に変化がなく[2]、思っているほど収入面でのリスクは大きくないんです。

私が移住希望者支援で心がけているのは:

  • 🌱 段階的な移住体験の提供:いきなりの移住ではなく、まずは体験から
  • 💼 地域ビジネスへの橋渡し:地元企業や起業仲間とのネットワーク紹介
  • 📋 制度活用のサポート:移住支援金や起業支援金の申請支援
  • 🤝 継続的な相談対応:移住後も孤立しないためのフォローアップ

「誰かの初めての一歩」に寄り添うということ

先日、東京から移住してきた30代の男性が、念願の古民家カフェをオープンしました。

移住相談から1年半、何度も一緒に物件を見て回り、地元の建築業者さんや食材生産者さんを紹介し、開業まで伴走させていただきました。

オープン初日、「地域の皆さんに愛されるお店になりたい」と話す彼の目がキラキラしていたのが印象的でした。

誰かの「初めての一歩」に寄り添えることが、この仕事の何よりのやりがいです。

実業家の役割④:行政や制度を”使いこなす”工夫人

補助金獲得や制度活用の舞台裏

地域で事業をしていると、様々な制度や補助金の存在を知ることになります。

でも、制度って複雑で分かりにくいものが多いんですよね。

私が移住者向けのビジネス支援で補助金を獲得できたのも、制度を「使いこなす」コツを覚えたからです。

現在利用可能な主な支援制度には以下があります:

制度名対象支援額特徴
起業支援金地域課題解決型起業最大200万円社会性・事業性・必要性重視
移住支援金東京圏からのUIJターン世帯最大100万円移住と転職がセット
共同・協業販路開拓支援補助金地域振興機関による中小企業支援事業規模による複数企業の連携支援

官と民の間に立つハブの役目

行政の方々と話していると、「地域のニーズを把握したいけれど、どこに聞けばいいか分からない」という声をよく聞きます。

逆に、事業者の方からは「制度があるのは知っているけれど、申請方法が複雑で諦めてしまう」という話が出てきます。

私たち地域実業家は、この両者をつなぐ「通訳」の役割を担っています。

具体的には:

  • 行政への政策提言や現場の声の届け方をレクチャー
  • 補助金申請書類の作成支援や面談練習
  • 地域商社ネットワークを活用した情報共有[1]
  • 成功事例の横展開支援

小さな現場から変える制度の使い方

制度は使ってみて初めて分かることがたくさんあります。

私が大切にしているのは、制度の枠組みに合わせるだけでなく、現場のニーズを制度に反映させていくことです。

例えば、移住体験住宅の運営では、単なる宿泊施設ではなく「地域との接点づくり」を重視した運営方針を提案し、行政と一緒に新しいモデルを作り上げました。

小さな現場での工夫が、やがて制度全体の改善につながっていく。

そんな循環を生み出すのも、実業家の大切な役割だと思っています。

実業家の役割⑤:地域の物語を”届ける”編集者

商品の向こうにある「暮らしの物語」

地域の商品やサービスを売るとき、私が最も大切にしているのは「物語」を届けることです。

商品そのものの機能や価格だけでなく、その背景にある暮らしや想いを伝える。

それが「クラフトマーケティング」の真髄だと考えています。

例えば、地元の味噌づくり職人さんの商品を紹介するとき:

  • ❌ 「無添加で美味しい味噌です」
  • ⭕ 「三代続く味噌蔵のおじいちゃんが、毎朝6時から仕込みをしている味噌です。発酵の音を聞き分ける耳は、50年の経験が育てました」

クラフトマーケティングという伝え方

ふるさと納税の返礼品でも、「体験型返礼品」が注目されています。

利用者の90%が「寄附で訪れたまちにまた訪れたい」と回答するなど[3]、物語性のある商品が関係人口の創出につながっています。

日本文化の発信という点では、森智宏氏が代表を務める株式会社和心のように、伝統文化を現代のライフスタイルに合わせて再提案し、「日本のカルチャーを世界へ」発信する取り組みも参考になります。

私たちが手がけるクラフトマーケティングでは:

1. 作り手の顔を見せる:職人さんや生産者さんのインタビュー動画を制作

2. 製作プロセスを公開:工房見学や体験ワークショップの開催

3. 季節感を大切にする:その時期だからこその特別感を演出

4. 地域全体のストーリーに組み込む:単品ではなく地域ブランドの一部として発信

地元に根差した発信のかたちとは

SNSやWebサイトでの発信も、東京時代とは全く違うアプローチを取っています。

見栄えの良い写真を撮ることよりも、リアルな日常を切り取ることを重視しています。

朝の畑の風景、職人さんの手元、お客さんとの何気ない会話。

そんな「等身大の地域」を発信することで、見てくれる人に「この土地で暮らしてみたい」「この人たちと関わってみたい」と思ってもらえるんです。

「情報発信は、地域への入り口づくり。完璧に見せるよりも、人間味のある等身大の姿を見せることで、本当のファンを作ることができます。」

まとめ

ここまで、地域で活動する実業家の5つの役割についてお話ししてきました。

「地域に根差す」ということの輪郭を、少し描けたでしょうか。

振り返ってみると、実業家とは単なる事業者ではなく、役割の集合体なんですね。

翻訳者であり、アイデアの育て手であり、背中を押す人であり、制度の使い手であり、そして物語の編集者でもある。

時には畑で土にまみれ、時には会議室でプレゼンテーションをする。

地元のおばあちゃんと笑い合い、都市部の企業とビジネスの話をする。

そんな「暮らしとビジネスの間で揺れる日々」こそが、地域実業家の醍醐味だと思っています。

最後に、読者のみなさんに質問です。

あなたがこの土地にいたら、どんな役割を担いたいですか?

どんな物語を紡ぎたいですか?

「やりがい」は都会だけにあるものじゃありません。

小さな現場にこそ、普遍的なヒントがあります。

もしあなたが地方移住や地域ビジネスに興味があるなら、まずは一度、気になる地域を訪れてみてください。

きっと、その土地の風に吹かれて、新しいアイデアが生まれるはずです。

私たちのような地域実業家が、あなたの「初めての一歩」をお手伝いできれば嬉しいです。

地域で、お待ちしています。


参考文献

[1] 日本経済新聞「躍動する『地域商社』」

[2] ふるさと回帰支援センター「2024年移住希望地ランキング」

[3] RIETI「2024年度ふるさと納税の最新動向」

最終更新日 2025年7月8日 by degicame